≪episode 3: 研究の歴史(第2回)≫
こんにちは。井上智博です。
今回は,線香花火の研究と言えば真っ先に名前が挙がる寺田寅彦(1878-1935)以降,これまでに行われた研究をいくつか紹介したいと思います。
今から90年前,寺田寅彦は,「灼熱した球の中から火花が飛び出し,それがまた二段三段に破裂する,あの現象がいかなる作用によるものであるかという事は興味ある物理学上ならびに化学上の問題であって,もし詳しくこれを研究すればその結果は自然にこれらの科学の最も重要な基礎問題に触れて,その解釈はなんらかの有益な貢献となりうる見込みがかなりに多くあるだろう」と記していることからも,線香花火の科学に魅せられていたことが分かります。(線香花火,1927)。
寺田寅彦
門下生であり,雪の結晶の研究で有名な中谷宇吉郎(1900-1962)は,実際に線香花火の研究に取り組みました。優れた実験技術と鋭い観察眼によって,現象の本質に迫りました。例えば,線香花火を窒素雰囲気中に入れると直ちに失火することから,線香花火には外部から酸素の供給が不可欠であると指摘し,火球ができたあとの線香花火はもはや火薬ではないことを明らかにしています(通常の手持ち花火は,酸素が無い環境でも燃え続けます)。こうした重要な成果は,線香花火に関する初の研究論文として発表されました(理化学研究所彙報, 1927)。
中谷宇吉郎
30年の後,花火界の偉人である清水武夫も研究を行い,黒色火薬の反応生成物であるカリウム化合物が火花の分岐に重要な役割を果たすことを示しました(工業火薬協会誌, 1957)。同時期に,都立新宿高校の定時制物理部に所属する優秀な生徒達が様々な分析を行いました(1962)。研究成果は4部からなる大作にまとめられました。なかでも,火球には黒色火薬の酸化剤である硝酸カリウムは残っておらず,反応生成物である硫化カリウム, 炭酸カリウム, 硫酸カリウムと炭素によって火球が構成されることを明らかにした点が画期的です。つまり,火球は火薬ではないことを化学的に証明したわけです。これは,中谷宇吉郎の指摘と整合します。
では,線香花火の燃焼に必要な酸素は,どこから供給されるのでしょう。火球に暖められた周囲の空気は軽くなり,上昇気流に乗った新鮮な酸素が常に下から補給されます。実際,火球の下端が最も高温になります。浮力の効果が消失する宇宙ステーションでは,何らかの方法で酸素を供給しなければ,線香花火を楽しむことはできません。
今世紀に入ると高速度カメラが普及し,2009年にはNHKが線香花火のスローモーション映像を放送しました。おそらく毎秒数千コマで撮影したと思われる映像によって,火花がぱちぱちと弾ける様子が捉えられています。
過去に,こうした優れた研究成果が報告されましたが,そもそもなぜ火花が出るの? なぜ火花が枝分かれするの? そして,なぜ儚い色を見せるの?といった素朴な疑問に対する答えは謎のままでした。誰もが知る線香花火なのに,4世紀のあいだ誰も真の姿を知らなかったわけです。
次回からは,実際に高速度カメラで撮影した映像を紹介しながら,線香花火の科学を明らかにしていきたいと思います。お楽しみに。
興味のある読者は,下記リンクを訪れてみてはいかがでしょうか。
- 寺田寅彦:線香花火(https://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/2455_10268.html)
- 中谷宇吉郎:線香花火(https://www.aozora.gr.jp/cards/001569/files/53489_49726.html)
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『線香花火の科学』目次
■ episode 1: はじめに
■ episode 2: 研究の歴史(第1回)
■ episode 3: 研究の歴史(第2回)
□ episode 4: 高速度可視化概要
□ episode 5: 火花が飛び出す仕組み
□ episode 6: 火花が枝分かれする仕組み
□ episode 7: 儚い色味の仕組み
□ episode 8: 線香花火の数式(第1回)
□ episode 9: 線香花火の数式(第2回)
□ episode10: おわりに
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