File no 007

線香花火の科学 episode 2

井上智博

Date:2018.07.02

≪episode 2: 研究の歴史(第1回)≫

こんにちは。井上智博です。

線香花火の研究と言えば,まず寺田寅彦(1878-1935)の名前が挙がります。今回は線香花火が作られ始めた江戸時代から寺田寅彦までの時代,次回はそれ以降の時代について,過去の研究の歴史を紹介したいと思います。

そもそも日本の花火はいつ・どのように始まったのでしょう。

花火には火薬が必要です。火薬とは,それ自身に酸素を発生する「酸化剤」を含みます。最も基本的な火薬は黒色火薬で,6世紀ごろ中国で発明されました。黒色火薬は炭・硫黄・硝酸カリウムから成り,このうち硝酸カリウムが酸化剤の役割を果たします。火薬の用途は主に兵器でしたが,中国では9世紀ごろから花火にも使われていたようです。戦国時代後期(16世紀)になると,ポルトガルから日本へと,火縄銃とともに黒色火薬が伝えられました。日本人が火薬を利用し始めたのは,火薬が誕生して千年も経ってからということになります。

江戸時代に入ると,徳川幕府によって,鉄砲の流通が厳しく制限されます。平和な時代ですので,火薬を取り扱う技術を持った砲術師たちが次第に花火を作り始めました。線香花火も江戸時代に日本で作られ始めました。ただ,何年に誰が線香花火を作り始めたのか,はっきりした記録は残されていません。

日本では,黒色火薬の成分のうち,炭と硫黄は容易に入手できます。一方,硝酸カリウムは天然に析出せず,製造に多くの手間を要したため,火薬は貴重品でした。一本あたり黒色火薬を0.1gしか使わない線香花火は,数を作れるので,当時から多くの人に親しまれたことでしょう。

線香花火には2種類あることをご存知でしょうか。線香花火の原型は,“にかわ”などで練った黒色火薬を,わらの先につけて出来る「すぼて」です。すぼて花火は,火薬部分を上に向けて遊びます。浮世絵に,すぼて花火が描かれています。線香を立てる香炉に,すぼてを挿して鑑賞していたことから,線香花火の名がついたのでしょう。

出典:西川祐信,絵本十寸鏡(えほんますかがみ)(1748年)

 

もう一つは,和紙の先端に黒色火薬を包んで撚った,「なが手」です。こちらは,火薬を下側に向けます。最近では,なが手が主流ですね。

19世紀には,ヨーロッパでも線香花火がJapanese Matchという名前で知られており,科学的にも線香花火に興味が持たれていました。1864年に,化学者August Wilhlem von Hofmannが,日本から持ち帰ったと思われる線香花火を紹介した記録があります(Chemical News, Dec.24, 1864)。彼は,線香花火に金属粉が含まれないことを突き止めた上で,線香花火を再現することに成功しています。しかし,線香花火から美しい火花が出るのか,説明することはできませんでした。
翌1865年には,R. Trevor Clarkeもまた線香花火を自作し,“so curious as to be worth scientific investigation.”(線香花火は非常に面白く,科学的に分析するに値する。)と述べています(Chmical News, Jan.14, 1985)。
その後,フランス人Amedee Denissが記した花火の本“Feux D’Artifice”(1882)の第9章にも,Feux Japonaisという名前で,写実的なイラストとともに線香花火が紹介されています。彼は,“What’s going on in this tiny sphere? How is it that the elements of the powder, or rather its simple residue, produce this astonishing effect?”(線香花火の驚くべき現象は,小さな火球の中の一体どのような作用によるものなのだろうか?)と書いていることからも,線香花火独特の現象に,強い興味を持っていたことが伺えます。
このように,19世紀のヨーロッパでは,線香花火が知られていただけでなく,彼らが自ら線香花火を再現していたこと,そして,科学的に強い興味を持っていたことが分かります。

出典:Denisse, A., Feux D’Artifice (1882年)

 

今回ご紹介した海外の文献の多くは,オーストラリア在住のDr. Barry Sturmanに教えてもらいました。寺田寅彦以前にも,線香花火の科学に興味を持った人がいたことは,Barryさんに文献を教えてもらうまで私も知りませんでした。

次回は,寺田寅彦以降の時代について紹介します。

 

 

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『線香花火の科学』目次

■ episode 1: はじめに

■ episode 2: 研究の歴史(第 1 回)

□ episode 3: 研究の歴史(第 2 回)

□ episode 4: 高速度可視化概要

□ episode 5: 火花が飛び出す仕組み

□ episode 6: 火花が枝分かれする仕組み

□ episode 7: 儚い色味の仕組み

□ episode 8: 線香花火の数式(第 1 回)

□ episode 9: 線香花火の数式(第 2 回)

□ episode10: おわりに

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