File no 018

線香花火の科学 episode 8

井上智博

Date:2022.05.02

≪episode 8: 線香花火の数式(第1回・火花の形)≫

こんにちは.井上智博です.

複雑に見える現象を理解したとき,その現象を簡潔に説明できます.逆に,簡潔に,しかも,いくつかの方法で説明できる事象が,自分が分かったと言えることでもあります.簡潔な説明の代表例は数式です.なぜなら,数式にはそれ自身が持つ意味の他に解釈の余地がないからです.

過去7回の連載を通して,線香花火の不思議が少しずつ明らかになりました.今回は,線香花火の火花の形が決まる仕組みを,順を追って定式化したいと思います.

線香花火の火花は,なぜあの形なのでしょう?いろいろな可能性が考えられます.黒色火薬が燃えるから?硝酸カリウムが少ないから?温度が上がるから?周りに酸素があるから?泡が弾けるから?etc.もし,火花模様を数式で表すことができれば,本質的に重要な要素が何かを明確にできるでしょう.同時に,関係しているけれども重要度が低い要素が何かを理解できます.

まず,紙縒りの下端にできる半径 R [メートル(m)]の火球が,すべての火花の起点になります.火球の質量をm [キログラム(kg)],重力加速度をg ~ 10 m/s2とすると,火球は重力によってFg = mg [ニュートン(N)]の力で下向きに引っ張られています.密度r [kg/m3]を使って質量mを表せるので,Fgを次式で書けます.

 (式1)

重力に対抗して火球を上向きに吊り上げる力が表面張力です.紙縒りと火球の接続部は円形断面で,その縁(円周)に表面張力Fs が働きます.1mあたりの表面張力の大きさを表す表面張力係数をs [N/m],紙縒りの半径をa ~ 1mmとすれば,

   (式2)

を得ます.ここで,点火後の火球の成分が,主にカリウム化合物であることから,s ~ 0.1 N/mになります(水の場合s = 0.07 N/mです).火球は,紙縒りの下端に静止しているので,Fg =Fs が成り立つことを利用して,火球の大きさを計算できます.

 (式3)

この計算結果は,火球半径が数ミリになることを主張しています.実際の火球半径が2~3mmである事実とよく一致するので,火球のサイズは,重力と表面張力のバランスで決まることが分かりました.太い紙縒りで線香花火を作れば,より大きな火球ができると期待されます.しかし,大き過ぎる火球は,十分に温度が上がらないのが問題です.

半径2~3mmの火球の表面には泡が発生し,泡が弾けることで,火花である小さな液滴が飛び出します(第5回).泡の半径はb ~ 0.4 mm程度で,飛び出す液滴の半径はR0 ~ 0.1 mmです.いま,泡が弾けて飛び出す火花の速度をu [メートル毎秒:m/s]としましょう.火花の速度は,泡のサイズbを,泡が弾けるのにかかる時間ts [秒(s)]で割った値になると予想できます(距離を時間で割れば速度になる).時間tsは,火球の密度と表面張力係数を用いて,ts ~ (rb3/s)0.5と書けます.すると,火花の速度が分かります.

   (式4)

線香花火の火花は,約1m/sで火球から飛び出します(実際に測ってみてもこの値は正しい).

火花はしばらく飛行した後,弾けて枝分かれします.火球を飛び出してから最初に弾けるまでの時間ta [s]は,何によって決まるのでしょう.ここでは仮に,火花が十分温まるまでの時間としましょう(第7回参照).すると,火花が温まるのに必要な時間を決める定数a ~ 10-6 m2/sを使って,ta ~ R02/a となります.具体的な値を計算すると,火球から飛び出した火花(R0 ~ 0.1 mm)について,ta ~ 0.01秒となり,こちらも高速度カメラを使った計測結果とよく一致します.つまり,火花は十分に温まると破裂する,と言う仮説が正しいことが分かりました.

速度と時間を掛ければ距離が分かります.火球を飛び出した火花の飛行距離l [m]は,

  (式5)

と求まりました.つまり,火花は火球から数センチ(=数十ミリ)のところまで到達します.これは私たちの感覚とよく一致しているのではないでしょうか.たしかに,火球を飛び出した火花が数ミリしか達しないのは短すぎますし,50cmも飛ぶような線香花火の火花は見たことがありません.

以上の計算式とその妥当性から,線香花火の火花の形状には,火花が温まる時間(熱伝導)と,泡が弾ける時間(表面張力)が重要であることが分かりました.つまり,線香花火があの独特の美しい形になるのは,液滴が温まって弾けるから,ということが分かりました.数式を使うことで,複雑な現象を見通しよく理解できました.

今回は,最も単純な場合として,火球を飛び出す最初の火花について考えました.もちろん,弾けた後の火花についても同様に定式化が可能です.等比級数の和の公式について知識があれば,全ての火花の到達距離を計算できます.それには,火花が1回弾けると,液滴の半径が約0.5倍に小さくなる,という計測結果を使って下さい(公比が1未満の等比数列の和に帰結されます).

 

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『線香花火の科学』目次

■ episode 1: はじめに

■ episode 2: 研究の歴史(第1回)

■ episode 3: 研究の歴史(第2回)

■ episode 4: 高速度可視化概要

■ episode 5: 火花が飛び出す仕組み

■ episode 6: 火花が枝分かれする仕組み

■ episode 7: 儚い色味の仕組み

■ episode 8: 線香花火の数式(第1回)

□ episode 9: 線香花火の数式(第2回)

□ episode10: おわりに

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