≪episode 7: 儚い色味の仕組み≫
こんにちは。井上智博です。 線香花火の柔らかな色味には,独特の儚さを感じます。今回は,この色味の仕組みを紹介します。
花火の発色原理には 2 種類あります。一つ目は,金属元素が高温に加熱されることで起こる炎色反応で,打揚 花火に見られるような赤や青の鮮やかな火花を生み出します。しかし,線香花火の温度は,せいぜい 1000°Cなの で,炎色反応は起きません。替わりに,二つ目の発色原理である黒体輻射(熱放射)による色彩が見えています。 黒体輻射は,たき火をするときに,木炭や火の粉が赤っぽくなる現象です。黒体輻射による色の特徴は,特定の 色を出すではなく,様々な色が混じる結果,温度が低いと赤っぽく,温度が高いと青白くなることが挙げられます。 線香花火の色も,たくさんの色が混じって橙色っぽくなっています(橙色ではない)。
黒体輻射による色味は,温度で決まります。ですから,線香花火がなぜあの色になるかを知るためには,温度が 決まる仕組みがわかればよいことになります。そこで,カラーの高速度カメラを使って,温度を測りました。動画の 左がカラー映像,右が温度に変換した結果です。高速度カメラを使っているので,時間とともに変化する火花の 温度を計測できるのが特徴です。
Movie link: https://youtu.be/uRX9_TElFV8
はじめに,火球の温度を上から下まで測りました。グラフの縦軸が温度 Ts で,横軸が火球上の位置に対応しま す。グラフを見ると,まだ燃えていない紙縒りの上側の温度は低いです。火球本体の温度は,火球に含まれる二 つの物質(硫化カリウムと炭酸カリウム)が溶ける温度(融点,それぞれ 1113K と 1164K)の間に位置しています。 およそ 1150K(°Cに直すと 273 を引いて 880°C)ですね。この温度にまで上昇するのは,火球に含まれる炭素が, 空気中の酸素と反応して発熱する結果です。同時に,880°Cを維持するのは,先の二つの物質が溶けるためで
す。鍋に氷を入れて火にかけると,氷が溶けきるまで 0°Cを保つように,溶ける温度は物質ごとに決まっています。 火球の一番下の温度はとても高くなります。これは,火球の熱で加熱された空気が上昇気流となり,常に新鮮な 空気が火球の下から供給されるためです。確かに目で見ても,火球の下部が明るくなっています。
火球上の位置A からB の温度分布 (K2S:硫化カリウム,K2CO3:炭酸カリウム)
続いて,火球を飛び出した火花が枝分かれするまでの温度を,火花 40 本ほどについて計測しました(大変な作 業でした)。縦軸が温度で,横軸が時間に対応します。横軸の t*=0 で火花が火球を飛び出し,t*=1 で枝分かれ することを意味します。火花が飛び出して弾けるまでにかかる時間は,約 0.01 秒です。火球の温度は 1150K (約 880°C)でしたが,火花の温度は火球よりも高く,徐々に上昇します。最終的に,1340K(約 1000°C)に到達してい ます。この温度は,もう一つの物質である硫酸カリウムの融点と一致します。
火球と火花に共通して,カリウム化合物の融点が温度を決めています。ということは,線香花火の儚い色は,燃 える温度ではなく,溶ける温度で生み出されることになります。溶ける温度は,物質によって決まっているため,線 香花火は花火としては低い 1000°C程度の温度で安定することができます。同時に,火薬として黒色火薬のみを 使う限り,線香花火の温度は 1000°Cを超えることはないので,線香花火の色を変えることはできません。氷が溶け る温度を 50°Cにすることはできないのと同じです(ただし大気圧ではという条件付きです)。
火花の温度変化 (K2SO4:硫酸カリウム,M.P.は融点)
初めて聞く物質が出てきたかもしれませんので,少し補足です。松煙(炭素など)・硫黄・硝酸カリウムの混合物 である黒色火薬を燃やすと,化学反応を通して,硫化カリウム・炭酸カリウム・硫酸カリウムなどが新しく生まれます。 硫黄が気体になる温度は約 450°Cで,火球の温度は 880°Cなので,火球に硫黄は存在しません。また,硝酸カリ ウムも他のカリウム化合物へと姿を変えます。線香花火の原料は黒色火薬ですが,火をつけて火球に状態になる と,火薬ではない別の物質になっているわけです。この辺も面白いところなので,別の機会に紹介できればと思い ます。
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『線香花火の科学』目次
■ episode 1: はじめに
■ episode 2: 研究の歴史(第 1 回)
■ episode 3: 研究の歴史(第 2 回)
■ episode 4: 高速度可視化概要
■ episode 5: 火花が飛び出す仕組み
■ episode 6: 火花が枝分かれする仕組み
■ episode 7: 儚い色味の仕組み
□ episode 8: 線香花火の数式(第 1 回)
□ episode 9: 線香花火の数式(第 2 回)
□ episode10: おわりに
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