≪episode 9: 線香花火の数式(第2回・火花が咲く条件)≫
こんにちは.井上智博です.
私たちが生活する地上では,大気圧は約1気圧(101325パスカル)で,空気中の酸素の濃度は約20%です(残りの大部分は窒素).地上では線香花火を当たり前に楽しむことができます.では,例えば富士山やエベレストの頂上ではどうでしょう?
この質問に答えるためには,線香花火がどういった条件で美しい火花を咲かせるのか?という問いに答える必要があります.言い換えれば,線香花火の火花が咲く条件は何であろうか?ということになります.過去に中谷宇吉郎が実験したように(第3回),線香花火には酸素が必要です.酸素があまりに薄い環境では火花は見れないことから,美しい火花が咲く条件が存在するはずです.今回は,その条件を数式を用いて特定しましょう.
そのために,まず,九州大学大学院 機械工学部門 北川敏明教授の装置を使わせてもらって,実験を行いました.大型の密閉容器の内部の圧力や酸素濃度を様々に変えることができるのが特徴です.線香花火は,遠隔で点火します.圧力を真空(0気圧)から5気圧まで,内部気体に対する酸素の割合を0から40%にまで,計13ケースに変化させました.
金属の容器内に線香花火を懸垂し,圧力と酸素濃度を変化させた.
その結果,酸素の量によって,3つのパターンがあることが分かりました.
①酸素が少ない条件:黒色火薬が十分に燃えず,火球ができない.その結果,火花が出ない.
②酸素が十分な条件:美しい火花が咲く.
③酸素が過剰な条件:紙縒りまで炎上して,火球が落下する.その結果,火花を観察できない.
やはり,酸素の量が重要です.しかも,酸素が多すぎても少なすぎてもダメで,適正な量があるようです.では,火球に供給される具体的な酸素の量は,どのように求められるのでしょうか.
熱伝導のアナロジーを考えてみましょう.ホットプレートに手を近づけるとき,どういう場合に,より熱いと感じるでしょうか.ホットプレートの温度がより高く,かつ,ホットプレートと手の間の距離がより近いときに熱く感じます.
1秒間に火球表面1m2あたりに供給される酸素のモル数Q [mol/s/m2]も,同様に考えることができます(Qが大きいほど酸素がたくさん供給される).Qは,容器内に封入した酸素のモル濃度Co2(1m3あたり酸素が何mol含まれるか:ホットプレートの温度に相当)に比例し,火球を取り囲む薄い気体の層の厚さd (ホットプレートと手の距離に相当)に反比例します.ここで,火球表面に到達した酸素は,速やかに炭素と燃焼するため(C+O2→CO2),火球表面の酸素濃度はゼロで,薄い気体の層の厚みの中で連続的に酸素度濃度が上昇し,火球から距離d離れた位置で,周囲の酸素濃度Co2になっています.
いま,比例定数D ~ 10-5 [m2/s]を用いると,Qは次式で与えられます.
(式1)
このうちdの値は,容器内の圧力によって決まります.
実験結果と,(式1)から計算した酸素の供給量Qをあわせてグラフに示しました.周囲の状況をどんなに変えても,酸素供給量がQ ~ 0.1 mol/s/m2のときだけ火花が咲くことが分かります(地上条件はQ = 0.12).つまり,この量の酸素が火球に供給されさえすれば,火花を観察できます.線香花火の運命は,火球への酸素供給量によって決まるわけです.
私たちが生活しているこの地上に適した形で線香花火の火薬の配合や紙縒りの作り方が決まった,とも言えるでしょう.
さて,富士山とエベレストの山頂では,それぞれQ = 0.10とQ = 0.086となりました.富士山頂では線香花火が牡丹・松葉・散菊と変化する様子を楽しめるものの,エベレストでは難しい,私はそう予想しています.
参考文献)Chihiro Inoue, Ryo Nishiyama, Yasuhiro Fujisaki, and Toshiaki Kitagawa, “Senko-hanabi under various ambient conditions”, Sci. Tech. Energetic Materials, 81(5)(2020), DOI: 10.34571/stem.81.5_121
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『線香花火の科学』目次
■ episode 1: はじめに
■ episode 2: 研究の歴史(第1回)
■ episode 3: 研究の歴史(第2回)
■ episode 4: 高速度可視化概要
■ episode 5: 火花が飛び出す仕組み
■ episode 6: 火花が枝分かれする仕組み
■ episode 7: 儚い色味の仕組み
■ episode 8: 線香花火の数式(第1回)
■ episode 9: 線香花火の数式(第2回)
□ episode10: おわりに
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