≪episode 6: 火花が枝分かれする仕組み≫
こんにちは。井上智博です。今回は,線香花火の火花が枝分かれする仕組みを紹介します。
火花の枝分かれは,線香花火に華やかさを与えます。寺田寅彦は,火花が何度も枝分かれする様子を,松葉と呼びました。確かに松を見ると,幹から小さな枝へと分岐し,さらに細い針のような先端へと階層的に小さなスケールを見せてくれます。
皇居の松
前回に,火球に泡ができること,泡が弾けて液滴が飛び出すこと,そして,液滴の軌跡が火花に見えることを説明しました。線香花火の中盤では,しばらく飛んだ火花が枝分かれします。この様子を撮影した高速度カメラの映像を見てみましょう。
液滴の詳細な動きを捉えるために,後ろから強い光を当てて液滴の影を撮影しました。まず,右手の火球が常にぐつぐつと動いていることが分かります。表面の泡が弾けると,液柱が立ち上がって,液滴が飛び出します。液滴はとてもゆっくりに見えますが,実際には秒速1mほどで進んでいます。液滴の直径は,約0.1mmです。動画の開始から1分後に,液滴が急に膨らんで爆ぜたかと思うと,何度も連続して弾ける様子がよくわかります。これが火花の枝分かれです。液滴が弾ける直前には,中にガスがたまって急に膨張します。こちらもまるで一つの泡のように振る舞います。ですから,火花の飛び出しと火花の枝分かれは,両方とも泡の破裂によって起きていると言えます。
Movie link: https://youtu.be/AELtVJOcWFg
続いて,火花が弾ける瞬間を拡大撮影した動画を見てみましょう。こちらは,照明なしで,火花の明るさだけを撮影しています。線香花火は目で見るとそれなりの明るさがありますが,毎秒10万コマで高速度撮影すると,レンズの絞りを開かないと十分な光量を得ることができず,その結果,ピントが合う面がとても薄くなります。この動画を撮るのに,線香花火を百本ほど使って,丸一晩かかりました。その日は昼寝をして,夜中に一人で大学の実験室にこもって撮影しました。
こちらの映像を見ても,液滴が急に膨らんで破裂する様子がよくわかります。液滴が分裂するときは,紐のように伸びてから千切れています。はじめ一つだった液滴が,何回弾けるか数えてみると,約10回にも達します。線香花火の火花は,実はこんなにもたくさん枝分かれしているんですね。
液滴が繰り返し分裂するためには,内部で継続的にガスが発生して液滴が膨らむ必要があります。分裂は永遠に続くことはなく,内部のガス発生が止まると,火花の枝分かれも止まります。そして線香花火の終盤になると,火花は枝分かれしなくなります。この原因は,液滴の内部でガスを発生する物質が少なくなるためと考えられますが,まだはっきりと分かっていません。
Movie link: https://youtu.be/1vNpSwPjGFA
線香花火の枝分かれと似た現象に,金属をグラインダーで研磨したときに出る火花があります。炭素を含んだ鉄を研磨した写真を見ると,確かに火花が枝分かれすることを確認できます。ここでも,液体になった鉄の液滴の中にガス発生して,液滴が弾けて分岐します。しかし,その詳細は分かっていないので,現在調査中です。線香花火の火花も金属の火花もおもしろい現象だと思います。
鉄の火花
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『線香花火の科学』目次
■ episode 1: はじめに
■ episode 2: 研究の歴史(第1回)
■ episode 3: 研究の歴史(第2回)
■ episode 4: 高速度可視化概要
■ episode 5: 火花が飛び出す仕組み
■ episode 6: 火花が枝分かれする仕組み
□ episode 7: 儚い色味の仕組み
□ episode 8: 線香花火の数式(第1回)
□ episode 9: 線香花火の数式(第2回)
□ episode10: おわりに
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